家康公の築いた幻の巨城「城之崎城」跡を歩く





家康公の築いた幻の巨城「城之崎城」跡を歩くイベントがあり、現城山球場の電光掲示板に見慣れない文字が並びました。

「どうする家康」を契機に今年は本当に様々な事業を職員も考えてくれました。

日本城郭協会理事の加藤理文さん、今年は何度も解説をいただきまして、ありがとうございました!

ちなみに見付は遠州の国府だったわけなので、「遠府城」という名前がロマンがあるなと思っています。

甲府、駿府、そして遠府となります。

この城跡、改めて歩いてみると本当に大きな城です。

家康公が遠江国府の地に城を築こうとしたのは、当時守護所のあった磐田見付を押さえようとしたからだと言われており、それでも見付に築造しなかったのは武田信玄西進の影響によるものだと言われています。

確かに天竜川により背水の陣となるこの場所は、守りの城には適さなかったのだろうと思います。

それが理由で浜松に城を築造し、遠州の中心が天竜川の西にうつりました。

ちなみに、城山中学あたりも曲輪や武家屋敷跡、倉庫の痕跡もあるのではとのことです。

今日も個人的にはたくさんの発見がありましたし、戦国時代のこの城の価値が解明されると思うとワクワクします。

今後測量をしたり、昔の図面を調べたりしながら、この城跡の価値を探っていきたいと思います。

みなさんもぜひ注目をよろしくお願いします!



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