寺谷用水祭にて



我が家の前を通っている寺谷用水、昔は気軽に入れて、夏の間は鮎やウグイなんかをタモで毎日のように獲っていましたが、実は徳川家康公が、家臣の伊奈忠次公そしてここに眠る平野重定公へ1588年に指示をし整備されたものです。
天竜川左岸側は、この用水整備により飛躍的にお米がとれるようになったとのこと。約400年たった今も使われており、私たちの暮らしの風景もこの用水をベースに作られています。
用水祭は、平野重定公の命日に毎年行われ、今回は398回忌でした。重定公は「民福の基盤は開田にあり、開田の本義は水の完璧を期するにあり」と整備を進めたようです。

水は人々の支え合いがなければ、上流から下流までも使えなかったはずです。
先人たちの知恵、そしてこの資産を創り、残すことに対するたゆまぬ努力と貢献に感謝するとともに、これからの時代にもきちんと次の世代が暮らしやすくなる基盤をつくって残していくことを、墓前の前で誓いました。
そして再来年は「どうする家康」もありますので、こうした今もまだ活用されている歴史的な資産に光が当たるように進めていきたいと思います。

ちなみに伊奈忠次公は、江戸に水をひき、今の東京の基礎を作ったとして語り継がれています。
江戸の前にこの寺谷用水を整備していますので、仕組みも含めてなんらかつながりがある可能性もあります。
歴史を学ぶことでどんどん地域が好きになっていきます。
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