議員になるまでの活動


議員になるまでの活動

 JR東海時代

入社後すぐに、三島市の研修センターへ入りました。新入社員研修では、枕木の交換をしたり、箱根8里越え(小田原駅→三島駅)をしたり、同期と充実した日々を過ごしました。研修後、建設工事部品川駅土木担当課へ配属されました。
初めての東京での生活に戸惑うも徐々に慣れ、毎日現場に行きました。先輩方には、現場が全てであり、現場にとにかく足を運べと指導されました。
平成15年10月の品川駅開業を体験できたことは、本当に大きな財産となりました。
その後は、新幹線第二課へ配属され、「さがみ縦貫道」など新幹線や在来線近接工事の行政との折衝を主に担当しました。
プライベートでは「ホッとサンドウィッチ」というグループを作り、「布石のための布石」をテーマに、月に1度、同じ志を持つ仲間たちと朝まで日本のこと、地方のことを語りあいました。
東京での人脈も広がり、こちらも本当に大きな財産となりました。
平成17年6月末日退社、東京での生活にピリオドを打ちました。


 NPO法人磐田市体育協会

平成17年10月アルバイト職員としてNPO法人磐田市体育協会に入会。
平成18年4月正職員として採用されると同時期にISO管理責任者に任命されました。
平成19年1月に体育協会では全国初となる、品質マネジメントシステムISO9001、環境マネジメントシステムISO14001を取得しました。
平成21年より事務局長となり、「スポーツを通じて磐田市を元気に!」をスローガンにジュビロ磐田メモリアルマラソン、いかまい磐田ふれあいウォーク、静岡県市町対抗駅伝競争大会磐田市チームほか、市内のスポーツ発展の裏方として奮闘しました。
思い出深いのは、第14回ジュビロ磐田メモリアルマラソンのコース変更が成功したことと、事務局に入ってから市町駅伝チームが、毎回入賞できたことです。


 いわたゆきまつり

いわたゆきまつりは前身のイベント「ファミリーフェスティバル」の名称を変え、平成16年度から磐田市青年団連絡協議会の主催で行われていました。
「いわたゆきまつり」は、県外から約100トンの雪を運び込み、雪の降らない磐田の子供たちのために、雪山や広場を作って子供たちに遊んでもらうイベントです。
青年団は会員の減少などで平成18年度末から休会したため、一度は開催を断念することも考えましたが、子供のころに、親につれてきてもらい遊ばせてもらった記憶があり、このイベントはなくしてはダメだと思い、平成19年度に実行委員会を組織してこのイベントを継続しました。
若者がボランティアをするきっかけになるには、最適なイベントであり、仲間もできるし大人の学校の文化祭のような雰囲気で、ボランティアをする若者自体も成長でき、楽しむことができています。
平成19年、20年、21年と実行委員長を3回務め、軌道に乗ってきたため、実行委員長を引退しました。
35歳が定年制の実行委員会ですので、平成28年度を以て引退をしました。いわたゆきまつりには、12年もかかわることができ、たくさんの子どもたちの笑顔に出会うことができました。関係してくださったすべての皆様に心から感謝申し上げます。
いつまでも「いわたゆきまつり」が若者たちの手によって、続いていきますように。


 若者いわたネットワーク WIN

平成21年6月に「いわたゆきまつり」を企画してきた18歳~35際までの仲間たちを中心に、磐田市を中心とした遠州地方の若者や企業、行政、各種団体が連携し結成しました。
「若い力で磐田を元気に!」をスローガンに、天竜川のゴミ拾い、磐田夏祭り花火大会への協力などボランティア動員、平成24年からは新しいイベント「いわたこども花火大会」の企画運営などさまざまな活動を実施しています。
平成22年3月、磐田市渡部修市長より感謝状を贈られた他、平成23年には静岡県袋井土木事務所からも賞をいただきました。
20代、30代の学校をイメージし、仲間たちと切磋琢磨し、成長できる場作りを目指しています。
いわたゆきまつり実行委員会と同じく、35歳定年制です。
平成28年度を以て、引退となりました。かかわってくださった多くの皆様、本当にありがとうございました。


 その他の活動

「静岡県人づくり推進員」では、年に1~2回、有徳の人づくりの実践として、各学校で講和をしています。
「磐田西高校学校評議員」では、西高の学校づくりのアドバイザーとして、意見を述べさせていただいています。平成28年度まで務めさせていただきました。
これまで、磐田市や静岡県のいろいろな委員に就かせていただきましたが、先輩委員たちの意見を聞き、勉強になっています。